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クランクイン

 8月12日、

自主映画 の新作「レモンセツケン 5 」を クランクインした。


前作の「レモンセッケン 4 」は、じつに2年の歳月をかけ、苦難の末、

昨年末にやっと完成し、その後、ライブハウスなどで上映を重ねてきた。

しかし、 「難解」「めっちゃ前衛」「結末がわからん」 などなど、

観ていただいた人々の反応はいまいち。   ガックリ……。



ところが先日のこと。

かねてより尊敬する TV プロデューサーの O氏から、わざわざ

お電話をいただぎ、「これは面白いよ !! 独特の空間の切り取り方、

編集による独自の時間の取り方がすばらしい。 映像に対する"暴力"

を感じる」 と、 身に余るお褒めの言葉をいただいたのだ。


してやったり、と急に元気が出て、 またやろうぜ ! と、いきなり

次作 5 をクランクインしてしまった。

初日は、三重県西部で懸案のイメージを追っかけた。 

わりとよく回り、好調な出だしとなった。   

 
今回は、この年末までにアップしたい。


アナログ放送終了

 デジタル化のための新しいテレビを買い損ねたので、

それならば、せめてアナログ放送終了の瞬間でもビデオカメラ

収めてやろうと、7月24日正午は、手ぐすねひいてスタンバイ

していたのに、なんと、うちのテレビは放送が消えなかった。

なぁーんだ。

ケーブルテレビに加入しているから、あと5年はこのまま見られる

のだという。 それならそうと、あらかじめ言っておけよ。

ま、おかげでまたブラウン管の深い画質で映画なども見れます。

これって今後、逆に貴重になるのでは。

金がなくても、イマを生きられるのだ。


きょうも灼熱地獄

 暑いなぁー。

赤信号

自転車なんかに乗って来るんじゃなかった。

「あら、ルノーなのね」

横に立っていた日傘の女性が声をかけてきた。

「はぁ。 昔は、ルノーのクルマに乗っていたんですが、

 いまはもうチャリになってしまって…」

青。

「いいじゃない ! 」

と、その人は笑顔で歩き出していた。


ジェーズバーのメモアール

 つい先日のことですが、僕は友人2人に「拉致」され、

車に乗せられて夜の高速道路神戸へと向かった。

着いたのは、三宮の「HALF TIME」というバー。

そこは、村上春樹原作、大森一樹監督の映画「風の歌を聴け」

の「ジェーズバー」のシーンが撮影されたところ。

その映画のスタッフだった僕は、実に30年ぶりの再訪となった。

なんと、店内はまるで時が止まったかのように、あのときのまま。

壁のポスターもダーツもダイヤル式のピンク電話も、小林薫と

真行寺君枝が座ったカウンター椅子もまったく当時のままだった。

懐かしいというより、30年の過ぎた時間が感じられない不思議な気分。

ただ、テーブルの上には、どれだけの人々の手に触れられたのだろうか

ボロボロになって色も変わってしまった僕の写真集「ジェーズバーの

メモアール」が置かれてあった。


真夏のロケハン

 暑さ厳しいけれど、きょうはロケハンの日。

出町柳でガイド役の奥田氏と合流し、京都北部の山中を駆け回る。

さすが奥田氏は"京都原人"、時空を超えたような不思議なスポット

つぎつぎと現出する。風景がイメージをかきたててくれる。

ただ、撮影となると、この時期はちょっと無理かもしれないな。

とにかく、ムシが多い。大きなハチも飛んできて、びびった。

久しぶりにヘビも見た。


過去の日記2005-2006

2006/1/27 (Fri) 

PARIS 1973

路上を、よろめき走るベルモンド。「モー二ン」が聴こえる街角。ヌーベルヴァーグとモダンジヤズ狂いの60年代。なけなしの金をはたいてパリに行ったのは、73年だった。興奮で足がふるえて、写真どころではなかった。  のちに、二コンサロンで写真展をしたとき、「これ、どうやって撮ったの?」と、ある大先生に訊ねられた。観客の一人から、「パリには行ったこと がないが、これはパリではない!」と詰め寄られた。 勝手にしやがれ! どこ でもなく、いつでさえもなく心のなかに浮かんでいる街・PARIS

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2006/1/25 (Wed)   

映画「レモンセッケン3」 堂々 クランクイン!!

 昨年末、「レモンセッケン2」を完成させましたので、続いて「3」を1月1日1時にクランクインしました。 「アンダーグランドのマラソンランナー」 のシーンです。私のデジタル映画のなかでも、このレモンセッケンのシリーズは、とりわけプライベートです。「2」を観てくださった劇作家のキタモトマサヤ 氏は、「前作よりヤバクなっている。たいへんパンクだ」と映画評に書いてくださっていましたが、今回のはさらに自由に作りたいと思っております。予定で は、12月31日まで撮影します。キャスティングなどはまだ未定の部分があり、いま出てほしい人に出演交渉中です。勝手に出たい人の方は沢山おられまし て、そのあたりの調整と、シーン、役柄を考えるのが大変です。でも、たのしい作業です。まだ空きがありますから、出演してみたい方 はどうぞお申し出ください。出演料は、アリマセン。  自分のアタマの中ではモチーフはもちろん明確なのですが、たぶんいつものことで、撮っているうちにいろんなことが起きると思いますので、それもワクワク ものです。紆余曲折は世のならい、最後に、テーマがグッと浮かびあがってくれば苦労も吹っ飛びます。というわけで、おいおいこのHPで、「スチール予告 編」をご覧いただきます。乞う、ご期待!!

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2006/1/12 (Thu) 

カモン伝

 「嘉門です。いまニューヨーク。アポロ劇場の楽屋です」「バルセロナに来ています。いやぁ- ガウディは凄 い!!」「いま、谷村新司さんと上海の豫園にいます。イトカワさん、このへんのいい店しりませんか」(私が上海に通っていたのは10年も前のことですが な) 「モシモ-シ、10分以内にホテル阪神にきてください」(ワシは消防自動車か) 嘉門さんはとにかく行動が速い。USJに行ったときは、アトラク ションをなんと13も観た。その日私は完全に現実とバーチャルが入れ代わってしまった。
 「エー明日ですが、朝5時に大阪駅のホテルグランビアの ロビーに集合です」 なに? 始発でも間に合わへん。夜道をバイクで駈けつける。「これは谷村説なんですが、われわれ日本人はどこから来たのか? どうも それは奈良県の多神社、または室生の竜穴神社らしいというんです。それで、今からそれを検証にいきます。竜穴神社の滝の穴の中には、5ヒキの白い竜がおり まして、谷村さんなんか、そのうち3ビキを確認しています」 谷村新司さんて、また何者なんですか?
 嘉門達夫さんの少年時代に、地元で大阪万博が始まった。いつもの坂道を登ると、あの太陽の塔が現出したのだった。≪ここが、重要! なのである≫  
  35年後のいま、CDジャケットの撮影をする。太陽の塔に着くと、彼はもう「岡本太郎」になっていた。ファインダーの中にこの特異なアーチストの本質を垣 間見た気がした。カモンは存在そのものに瞬時になり変わってしまう。岡本太郎に、ガウディに、竜に。(タツオだけれど)。 虚実も超えてつっ走るスピード に世間は追いつけるか。そのCDのタイトル「人類はいつの日もバカ!」 達観と、少年のこころを合わせもって疾走している。 
 ♪キャラメルひろたら箱だけ~。

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2006/1/4 (Wed) 

「劇団製造迷夢」の次の夢は・・・

 写真家になってはじめのころは、新劇などの舞台写真を撮っていたので、演劇の周辺にかかわってもう40年く らいになる。いまも、土・日は音楽のライブと、小劇場の芝居を観ることにあてる。芝居は初日に観たい。なによりも初日の役者の緊張感を受けとめたい。完成 度を求めているわけではないのだ。いまを生きる新鮮な表現が生まれる瞬間をその場で共有できるのはかけがえのない喜びである。
 劇団製造迷夢の 「ノイズ」という芝居を大阪阿部野のロクソドンタブラックで観たとき、この時代に漂う閉塞感を若い、センスのよい感性で見事に表現していて、観ていて興奮 した。こんな行き詰まった現代でも彼らの感受性がきっと切り開いていってくれることだろうと、帰り道もこころが弾んだ。大阪の高校演劇の名門、追手門学院 高校と金蘭会高校のOBとOGの若いみずみずしい劇団である。
 その後、偶然話しがあって、次の公演「フェイク」のパンフ用の写真を頼まれ、撮影 した。しかし、直前に不慮の事故があり、やむなく公演は中止された。みんながっかりしただろうが。さらに覚悟をきめて次を期してほしいと思う。印刷されな かった写真をHPにアップさせてもらった。

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2005/12/20 (Tue) 

「パーフォレーション」について。

私は、日ごろプライベートに身辺を撮っている写真のファイルに、「パーフォレーション」というタイトルをつけ ています。その昔、ライカを作ったオスカー・ベルナックという人は、それまでにないハンディなカメラを設計するにあたり、パーフォレーションのある映画用 フィルムを使用するという斬新な発想をしました。それが35ミリカメラの始まりであり、現在まで写真の主なシステムとして発展してきました。撮るときの、 イマ!  (シャッター・人さし指)、次ぎへ! (巻き上げ・親指) という感覚は、長い間に私の身体にもしみついていたのでした。いまではもう、カメラの巻き上げレバーはほとんど姿を消し、パーフォレーションのある35ミ リのフイルムで撮ることも少なくなって、私もデジタルカメラが常用になっております。ここではデジタルのカラーによる表現を「パーフォレーション・A」と し、以前からのベ-シックなモノクロフイルムによる作品を、「パーフォレーション・B」としてアップしています。いずれにしてもパーフォレーションは、 日々私のなかでイマ、次ぎへ、イマ、次ぎへと、終わらない面倒なゲームを続けています。

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2005/11/28 (Mon)

映画「レモンセッケン2」が、ようやく完成しました。

   「人生は石鹸のようだ。少しずつ減っていく」 (ゴダールの映画の中の台詞から)。 今回の主演は、ユニークな小劇場活動をつづけるベテラン俳優・田口哲氏  。とにかくロケは、雨ばかり。田口さんは雨男だった。さすが「ブラック ・レイン」に出演しただけのことはある。  このシリーズ、前作の「レモンセッケン」は、梶井基次郎「檸檬」がモチ ーフでしたが、今回の「2」は、現代の高度情報化社会で打ち寄せる大量の データに、ついにクラッシュしてしまった男の、修復へのロードムービー です。  旅路の果てに、「彼は、新たなハードデスクを得たのでしょうか」(英語 ナレーションの訳) 。  編集中、記憶を飛ばしてしまったはずの主人公の回想シーンを撮っていたことにはじめて気がついたりして、私のアタマもノンリニア。 私は、フイルムの映画でもないテレビでもない「デジタル映画」という新た な荒野をめざして、石鹸をすり減らしているのです。


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